随想「思い通りにならない身体」

「命は授かりもの、身体は借り物」がモットーの私ですが、身体についてのお話です。

その身体は誰のもの??

私の身体は私の身体でしょうか?

おギャン!!と生まれてから今まで、体重にすれば70kg近く増えていますが(コラそこ、太り過ぎとか言わない)、それらは全て食べ物からいただいた成分です。そもそも、生まれた当時の細胞なんて、脳細胞以外はもう跡形もないのではないでしょうか?

思い通りに・・・動くわけないでしょ!!

自分の身体を自分のものと言い張っても、根拠は薄弱です。命も然り。
それが証拠に、自分の身体を自分の思い通りに動かせる人なんてまずいません。

そりゃまあ、「いきなりムーンサルト飛んでみろと言われてもできません」「100mを9秒で走れと言われても無理です」と言われればそうですが、そこまで派手な話じゃないです。
人は、「手の上げ下げすらまともにできていない」のです。

ホンマかいな!?ワシャ動けるゾイ!!と思ったあなた!実験を用意しましたよ!楽しんでいってね!!

実験その1「腕の持ち上げ」

  1. 取りは立って、前腕を前に出し、それを誰か(受け)に支えてもらいます。
  2. 反対の手で、支えられた手をタッチします。可能ならそこからさらに手を持ち上げてみます。
  3. 手を支えている人(受け)は、相手が動く気配を支えた手から感じたら、即座に反応を示します。反応は声でも握り返すでもなんでもOKです。
  4. 取りは受けに悟られずに手を触り、動かすことを要求されます。

さて、一体どれほどの人が、受けに悟られずに自分の手を触りにいけたでしょうか?

武道やダンスを嗜む様な人でしたら、もしかしたらできたかもしれません。しかし、一般的な人はまず無理です。

動いたつもりがないのに、動かす手につられて握られた方の手も動いてしまいます。もしくは、手を動かす時に身体がつられて動き、それが反対の手を押し出す形となって、受けにぶつかってしまいます。

実験その2「脱力」

今度はもっと簡単にしましょう!力を抜くだけ!!

  1. 取りは立って、腕全体を前に出し、それを受けに支えてもらい、その腕を脱力します。
  2. 受けは支えた手を自分のタイミングでサッと離します。

さあ、取りの手はどうなりましたか?空間に残る人が多いと思います。まったく「脱力できていない」んですね。力が入って支えている。

で、同じ様に何度やっても、受けがサッと手を引いても、腕が落ちるのにタイムラグがあったり、のんびり落ちてきたりする。やはり脱力できていない。

普通、お皿を持った手を離したら、お皿は即落ちてわれますでしょ?その違いです。

やはり思い通りに動くなんて、できてない

ということです。
思い通りに動くどころか、力を抜くことすらできていないんですから・・・。

そんな体で一体ナニをしようというのか?
人を叩いたり投げたりする前に、自分の体をどうにかしたほうがいいんでないの?と、言いたくもなりますが、そこは合氣道です。

やはり、受けと取りがそうしたことに自覚を持ちながら、刃物と砥石、物と鏡の関係で切磋琢磨するのが稽古の醍醐味かと思います。

いや、ホント。こんなに思い通りにならない身体なんですから、「身体は借り物」ってのは私にとってはかなり具体的な言葉なんです。ただのカッコ付けの言葉じゃなくて。

ありの〜ままの〜♪

以上の様なことを私は普段の稽古で嫌というほど思い知っているので、「ありのままで・・・」などと言われると、

「いや、そもそもありのままですらない、ナニがありのままかすらわかってないのが我々一般人だとおもうのですが・・・」

と反論したくなります。めんどくさいやっちゃな・・・。

ありのままでいられるなんて、それはもう武道が目指す悟りの境地じゃないですか!
是非そうなりたい!!

道は無為にして、而も為さざるは無し。 by老子

精進あるのみです。